他の自助会(?)へ行ってきました。

 

 三条さんが主催する凸凹の会(仮称)に行ってきました。

 会の流れとしては、自己紹介し、そのあとは、何をやっても自由とのこと。参加者同士それぞれ雑談するのもよし、ゲームをするのもよし。一人でネットや本を読んでいる人、なかには昼寝をしている人までいました。

 自助会の定義事態が曖昧なので、そこの定義に入るかどうかわからないのですが、居場所を求める人、親睦を深めたい人にはぴったりでしょう。

 当会とは、どちらかというと逆の方向性なのではと感じました。

 私の会は社会や学校等、対人関係や能力の問題を解決する手段を探る問題解決探求型を目指しております。

 自助会に初めて参加される方は、ほぼ全員がなんらかの問題を抱えており、その問題をなんとかしたいために来ている人には、その対処をしたいというのが、会としての基本コンセプトです。

 そのため、運営の仕方によっては、参加者の中には固いという感触を持った方もいるようですが、その固さが初めての方には逆に参加しやすいのではと考えています。

どうしてかというと、和気あいあいのお互いみんな仲良しサークルような雰囲気だと、初めての方は、転校生のような状況になり、孤独感を感じてしまうのでは?と考えているからです。

自助会は札幌市内でいくつかありますが、雰囲気が緩いところ、固いところ、いろいろあります。

 それならば、参加する人が、そこから自分の好みに合ったところを探し出せればいいと思いますが、まだまだ自助会の絶対数が不足していると思います。

 さて、この凸凹の会は、昨年夏ごろに誕生し、代表が変わっていまの三条さんになった次第です。

 個人的な見解ですが、雰囲気が緩いところは、お互いの親睦が深めやすい傾向がありそれがメリットですが、そのぶんトラブルが発生するリスクが高いデメリットもあります。

 実際に参加した当事者同士で言い争いもあったようで、それに対処をしなければならないのはとても大変なことだと、同じ会の代表として察しがつきます。

 当会でも、以前にトラブルがあったこと(ブログ参照)から、この凸凹の会とときには情報交換もしながら、お互いに会の運営をがんばっていきたいと思いました。

 ちなみにこの会は、まだHPがありませんので、なにかお聞きしたことがあればメールでの問い合わせをお願いします。(リンク参照)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

距離(間)感が近いと親密にもなるが、喧嘩にもなる

 

  11月の定例会で自分の言葉足らずで参加者が理解できかったかな?と思っているので追加説明を。

 人間関係は、かなり乱暴に言うと距離間(感)にあります。

この、人間関係は

①他人(名前すらわからない)

②知人(名前と顔が一致する)

③友人(相手の素性をある程度知っている)

④親友(自分の気持ちや悩みをかなりの部分または全部を話し合うことができる)

これを異性の間だと

①他人(名前すらわからない)

②知人(名前と顔が一致する)

③友人(相手の素性をある程度知っている)

④恋人(自分の気持ちや悩みをかなりの部分または全部を話し合うことができる)

 この距離間を縮める、つまり親しくなる行動を人間は学校、職場内や町内会、または趣味のサークルなどいたるとことろのコミミティで実践しています。

 ただ、この距離間を縮めることは、親しくなることがある一方で、相手の考え方の違いがわかってきて、それを認められなくなってくることがよくあります。

 その時点で、相手を許容できればいいのですが、相手を批判したりしてしまう(我々はその傾向が強い)ことがあるので、それがトラブルです。

 この考え方は政治、思想、宗教から、好きなタレント、食べ物の嗜好など様々なものがあります。

 日本ではあまりなじみがないですが、恋人同士が結婚までいこうとしても互いの宗教が違うゆえに、破局となることがよくあるそうで、これもトラブルと言っていいでしょう。

 質問した人は、親睦を深められる交流カフェみたいなものを望んでいたのではないかと推測します。

 確かに、このような場所を設けることで参加者お互いの親睦が深まるでしょうが、さきほどの例のように考え方が違うと段階的に

①「この人の考え方はわからない」

②「こいつの考え方はおかしい、狂っている」

③「この野郎の考え方は許せない」

に発展することも往々にしてあるでしょう。

 人生を振り返ってみても、学生時代は友達もできやすかったけれども、喧嘩(とまでいかなくても言い争い)が社会人より多かったのではないのでしょうか?

 病院のデイケアでも、様々なプログラム(レクリエーション)を実施しており、親睦を深めやすい環境にありますが、病院によっては参加者(患者)の病院外での交流やアドレス等交換を禁じているところもあります。やはりトラブルを避けるのが目的でしょう。

 わが会は、参加者の悩みや課題にみんなで取り組み、より良い方法を見出すことを第一目的としています。

 が、コミニケーションにハンデがある我々は、他の障害者よりもさらに孤立しやすいのが現状でしょうし、ピアサポートという言葉があるように、みんなで思いや悩みを共有することも大事でしょう。

 そういった意味も含めて、これから二次会としてお茶会なるものを、不定期ながら実施していきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

我々はやはり社会性が欠如している? 

 

  当時者会とは、いまさらながら言うことでもないのですが、悩み、不安や情報を共有しあうところです。

 そこには当然、社会として守らなければならない最低限のルールがあり、それは、障害者でも同じです。が、それがわからない人間もいるようです。

 

 今回、初参加した人間に、他人が相談内容に突然”おい、お前!、なに言ってんだ、ふざけるな!!”と声を荒げて、暴言とも恫喝とも言えるような発言をした人間がいました。(仮にHと呼びます)

 たぶん、その人間は、その意見が気に入らなかったと思います。

 しかし、意見としては、直接Hを侮辱するものでもなく、ただ、その人の考え方(もっと具体的にいうと人生観)をのべたものであって、本来他人がどうこう指図するものではりません。

 ただ、会においては、いいアイディアがあれば提案するところでありますが、最後は本人の判断に委ねるのが至極あたり前ではあるのですが、それが、そのHはわからないようです。

 今回、Hは初めての参加で、発言した方もその人間とは初対面であったとのこと。

 初対面の人間に暴言を吐く、しかも、1回ならまだ知らず、3回も、そのうち1回はファシリテータである私にまで、突っかかってきました。

 社会性が欠如していると我々はよく言われます。さらに最近は、新幹線内の殺傷事件や名古屋大学女子大生が実施した殺人事件の犯人が発達障害者であるとの報道がなされいることが記憶にあります。

 こんなことをしている我々を定型から見たら、犯罪者予備軍とレッテルを貼られるのも、当然でしょう。

 この社会性の欠如を別の言葉で表現すると幼児性というのでしょうか?自分が思い通りにならないと、癇癪を起こす、おもちゃ屋の前でお気に入りを買ってくれないから駄々をこねるこどもです。

 自分の思うことが成り立たないと、他人が悪い、社会が悪いと責任転嫁する。そして、誰彼かまいなくモンスターなクレームをつける。実施されなければ怒鳴り狂う。

 これが、病院内のデイケアであれば、カウンセラー等がHに対し、個別面談などを行い、また薬物なども処方して対処するのですが、いかんせん私的な当事者会は、このような対策はできないので、今後このHは出入りを禁止することとします。(たぶんもう来ないでしょうが)

 当会は、他の自助会と比べ、ひとりよがり(例えば一方的にしゃべるなど)な参加者がほとんどいない、悩みはあっても常識的な人たちなので、その点では、初めての人も参加しやすいと自負していました。

 過去に1回だけ、モンスタークレーマーなる人間がしばらく参加していて、他の参加者に不快に感じさせたり、迷惑になり、また会の運営に支障を来たすと判断したので出入り禁止しました。それは、他の参加者の安全、安心を担保するためです。

 本来、このような問題がある人間に対し直接なにか方策をするのが自助会の社会的使命なのでしょうが、他の参加者のためには会として、このような人間には毅然とした態度、行動をとるのが優先だと考えています。

 また、自分もこのような特性があることから、反面教師として自分を律していきたいと考えています。

 余計なことなのですが、このHは他の自助会に参加したら同じ行動をするのではないか?です。今回、不幸中の幸いは、常連参加者(女性)が参加していたのですが、このHがこのような横暴な行動をとる前には早引きしていたこと。

 このHの横暴とも恫喝ともいえる言動や行動は、女性やおとなしい人にとっては、最悪PTSDとなってしまうこともありそうです。

 本来自分の悩みや不安を軽減させるのが、自助会の目的ですが、それが逆効果になってしまう、会としては最悪の結果になってしまうことも予想されます。

 このHの個人情報を、他の自助会に与えるか否か、迷っている次第です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベテル祭りに行ってきました 

 

 

当事者研究という学習療法があります。私もたびたびこの当事者研究の自助会に参加し、勉強させてもらってます。

その当事者研究のメッカともいえる浦河町でベテル祭りが毎年開催されていますが、3年ぶりに参加しました。

 今回、今年冬季オリンピックのカーリング銅メダリストである吉田知奈美さんがトークゲストとして招かれました。

 オリンピック開催時に、インタビューで座右の銘を「安心して絶望できる人生」と答えたことはよく覚えてます。

 今回のベテル祭り実行委員会及びなかまの杜クリニックのスタッフが彼女と友人関係にあることからゲストとして招待する運びになったようです。

 オリンピックのアスリートとなると、強靭な体力と精神力を持ち、ゴリ押しとポジティブシンキングで生きている典型的な体育会系と考えてしまいますが(私だけの偏見かもしれませんが)、家族との仲と、競技の兼ね合いで悩み、絶望を感じたことを話してもらい、絶望は誰にもあるのだということを感じさせられました。

 また、祭りの後に懇親会があるのですが、そこでは、普段話す機会がない職種の方と話すことができるのでとても有意義な時間を過ごしました。

今回は、東京大学付属病院精神科医や弁護士の方まで、医療系や福祉系は集まっていることは予測できていたのですが、法曹界まで来ているとは、幅広いつながりがあることがうなずけます。

 私などは、崇高な地位も専門的な資格もありませんが、このような方々とも意見交換できる機会があることをとてもありがたく思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

発達障害は個性(?)

 

 最近このようなことを、マスコミやネット、または参加者の方から言われたので、私見を述べたいと思います。

 まず個性と能力は別なはずなのに、それを同列にしてしまう傾向があるのではないか。

 たとえば、Aさん「私は100kgのものを持ち上げることができます」

 一方   Bさん「私は、箸より重いものを持ったことがありません」

 これだけだと個性かもしれませんが、就職でこの2人が引越業に面接に行ったと仮定したらどうでしょう。

 あきらかにAさんのほうが能力で勝っていると判断されます。

 逆に同じ就職でもSE(システムエンジニア)など力をまったく必要のない仕事ならば、Aさんはただの力持ちで仕事に関係ない、それこそただの個性で、この時点ではA,Bの優劣は決められません。

 プライベートの人間関係は能力の優越を問題にすることは基本的にないのでしょうが、これが仕事になると、能力の高い者を採用したがるのが企業の論理というものでしょう。

 このように書いてみると至極当たり前なのですが、なぜかこの能力が足りない部分を「これは人間それぞれの個性だ」と言い張る人が、発達障碍者には多いように感じます。

 Bさんの例によると、「私は箸より重いものは持てませんが、ナビなしで札幌市内すべてのマンションへ運転できます。」とか「瀬戸物の梱包はていねいで、また早いです」とか短所を補う長所をアピールすべきです。

 または、前述のように肉体的な力はまったく必要のない業種を選ぶべきです。

 なぜ、このような、障害は個性という考えが広まってきたのでしょう?

 それは、支援者やマスコミの一部、たとえば「NHK バリバラ」などは、私たちの立場を思いやっていただけるあまりに、我々はすべてを受け入れてくれている状況があります。

 それはとてもありがたいのですが、その中だけでいると、実社会でも同じように、自分の障害は社会が受け入れて支援されて当たり前だとの考えに陥ってしまっているのはないのでしょうか?

 私は、職場で自分の障害をカミングアウトしました。それにより、サポートしていただいている部分もありますが、職場内での差別的な扱いも多々受けてきました。

 実社会は、我々を支援する人間ばかりでなく、批判的な人間もいて当然だと考えるべきです。 

 このことを言うと「稲生はいじけている」との批判を受けそうですが、現実の社会で生きる、生活できるにはどうすればいいかを、模索していきたいと考えています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

他の自助会に参加してきました。

 

 アスペルガー基地 みらい 当事者の会にお邪魔させていただきました。

 こちらは、10年以上前から活動されており、親の会から始まったとのこと。

  カウンセラーを常駐させて、悩みを聞くことに重点を置いており、また、親が中心として立ち上げたからなのか、癒しや和を重点的に目指しているようにも感じました。

 これと比較して、わが会は、5年目に入ったことからコンセプトが明確になってきました。

 それは、最終的には自立した社会人となるようにということで、常に一般社会は我々をどう見るか、そしてそれに対してどう対処するかを模索してきました。

 ゆえに、時として厳しいことも言うので「稲生さんは、発達障碍者が嫌いなんでしょう」などと言われたこともありました。

 が、社会の一員として生きていく以上、どのように見られるかは知ってておくべきで、そこからどう行動するか、どう対処するかを次に考えるという方策は変わっていません。

 とは言っても、社会と言う荒波に打ちひしがれて、落胆してしまうこともあるでしょう。

 そのようなときに、砂漠の中のオアシスのような役目も自助会には必要だと認識しました。

 わが会とは、コンセプトが正反対のようにも思えますが、逆に様々な考えや方針の自助会があることは当事者たちにとって多方面の支援が可能とります。

 代表の高田さんをはじめ、スタッフの皆様、突然の来訪にも快く受け入れてくれてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今年もよろしくお願いします。

 この会も6年目に突入とのことで、自分としては、ペースを崩さずに粛々としていきたいと思います。

 会としては、知名度もだんだんと上がってきているようで、なによりです。

 この自助会のようなワークショップなど、病院内でデイケアとして実施しているところは、増えてきましたが、そこには患者にならないと参加することはできません。

 その病院の患者になればいいのですが、発達障害を診断できる専門医の絶対数が不足しているので、初診にこぎつけるのも一苦労の状況です。 

誰もが参加できる(オープンである)私の会のような自助会は、札幌市内では私の知るところでは、数団体しかありません。 

 初参加の方が、毎回いることからも、未診断の方が潜在的に多数いることが伺えます。

 自分の障害をどう受け入れ、どのように対処していくか、その最初の手助け役になれればと考えています。

 あと、学び場として、支援者や支援者予備軍(医療、心理関係の学生さんなど)にも積極的に参加していただきたいとも考えてます。

 患者(当事者)と関係者がともに学習し、造詣を深められたらとも思っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  当事者研究北海道大会に参加してきました。

 と き 平成29年9月2~3日

 ところ 小樽市

 

 

当事者研究とは、自分の病名や障害、症状に自分独自で命名し、分析するものです。

 

この自分に病名をつけるとはどういうことかと言うと、たとえば私などは、アダルトチルドレンの部分があり、たえず人の顔色を伺っています。

 

我々、発達障害者の世間のイメージは、場の空気を読まない、わが道を行きますが、私などは、本来苦手である空気や顔色を伺う、最近の流行語で言えば忖度というのでしょうか、それをしてしまうので自己病名は「発達障害、なのにまわりに忖度」と命名します。

 

医学的にはありえませんが、このようにして自分の症状というより、感じ方までを分析する、つまり本人、当事者(患者)自らが研究するということです。

 

この当事者研究は、向谷地氏が浦河町の病院に勤務していたときに考案し、全国はおろか世界にも広がっています。

 

この当事者研究の全道大会が、小樽市で2日間にわたり開催されました。

 

この当事者研究の大会は、全国大会は持回りで年1回日本のどこかで開催されるほか、当事者研究のメッカとも聖地エルサレムと言われる浦河町においてべテル(べテルの家 施設の名)祭りも開催され、このべテル祭りには私は何回か参加したことがあります。

 

この全道大会は、私が日々お世話になっている小樽当事者研究会「たるとの会」が主催し、2日間にわたり開催され、近くは札幌市、石狩市、千歳市から遠くは釧路市から当事者研究の当事者本人(患者)や支援者(医療関係者)などが数多く参加しました。

 

この当事者研究は、本来は統合失調症に対して考案されましたが、いまはわれわれの発達障害や不安など、また病名とはいえないけれど「生きづらさ」全般に応用されています。

 

向谷地氏が講演でも話されていましたが、アルコールや薬物依存症は、患者(当事者)がお互いに話し合い、共有しあうのが当たり前であるけれど、前述の統合失調症は、医者の投薬が治療の主である。これを変えることはできないかと始めたもので、

 

「三度の飯よりミーティング」

 

「ユーモアを大切に」

 

「弱さの情報公開」

 

など、独特の世界観で仲間が悩みを共有する「ピアサポート」を、北海道の地方都市で40年前から実践していたから、まさに先見の目があったということです。

 

我々の発達障害でも、現在の医学では、ADHDに対して数種の薬があるほかは、うつや不安など二次症状を抑えるものくらいの薬しかありません。

 

今になって、「ピアサポート」、仲間たちで悩みを共有する当事者会が重要視されてきている風潮になってきているのではないかと思います。

 

最近、初めて参加される人に、私の会を知ったきっかけを聞いたら、医療機関から紹介された方もちらほら見えるようになりました。

 

医療機関から紹介されたことは、このような当事者会が認められてきたことであり非常に喜ばしく思います。

 

私の会もできることはちっぽけですが、この「ピアサポート」を実践していきたいと思います。

 

たるとの会代表の浦野さん、大会長の松井さん、その他大勢のサポートスタッフ、準備期間から当日までお疲れ様でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  当事者会冥利につきます

 

ひさびさにYさんが参加いたしました。

Yさんは、自分の発達障害ゆえの“生きづらさ”は克服したとのことで、ご丁寧にお礼としてお菓子をもってきていただきました。ごちそうさまでした。

Yさんは聡明な方で、いわゆる我々のなかでありがちな“どこか変な人”、“奇妙な雰囲気のオーラを出している人”には見えない方でした。

そんな方でも、我々が共有する悩みがあったのですが、今回わが会を“卒業“するとのことで、会を運営する私としては感無量であります。

自助会は、医療機関ではないので治療行為はできません。ただし、医療機関だけがわれわれの障害に対し対処できるわけではないと考えております。

また、昨今の発達障害特有の事情として、発達障害専門医師の絶対数が不足しており、予約をしても初診まで数ヶ月待ちの状況です。

私の会で時々実施するSSTも同様(というよりも本家本元のデイケア実でのSSTの方がレベルが高いですが)のことを病院のデイケアで実施しておりますが、病院の診療が受けられなければ、このSSTも受けることができません。

それゆえ、社会(コミュニティ)を生きるためのスキルが未熟なままでいる人間がなんの対処もできないままの状況があるのでしょう。

我々の障害は社会に適合するとができないことですが、なぜ近年になりそれが問題化したか。理由のひとつとして社会そのものが我々のような異端者を受け入れる余裕がなくなってきたことが上げられます。

今までは、この異端者を、社会が受け入れ、そして教育・矯正していたのですが、今の社会は、この役割ができなくなってきており、それを医療機関や行政(福祉や教育)機関が担っているのが現状ですが、先ほどの数ヶ月待ちの初診のようにすべてを網羅できていません。

 

この現状に対し、できることは微々たることですが、社会の一員として、この異端者を受け入れ、良い方向に導いていきたいと考えております。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今年もよろしくお願いします。

 この会も5年目に突入とのことで、自分としては、ペースを崩さずに粛々としていきたいと思います。

 思えば、私がこの会を運営し初めてから、知っているだけでも北海道内で3つの発達障害関係の自助会が事実上休止となりました。ボランティアで運営していくには、スタッフのプライベートの都合もあるのでなかなか難しいものです。

 また、私も全部を把握しているわけではありませんが、札幌市内でオープンの(病院内デイケアのように通院及び入院してる方しか参加できない つまりクローズでない)自助会は数団体と認識しており、それは札幌および北海道の人口比からみてとても少ないと思います。

 また、発達障害を診断できる医者の絶対数が不足しているため、診断すら受けられない方も潜在的に多数おります。

 医療機関でないからできることは非常に限られていますが、現状として、この潜在的障害者の役に立てればと考えております。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

他の自助会へ行ってきました

 私も以前からお世話になり、前年もお世話になった「こんとん」にお邪魔しました。

 参加者が20人近くおり、初参加も6人くらいいたので、さすが老舗の会だなと思ったら、この人数は久しぶりとのこと。

 わが会も前回2月は、20人くらいの大人数が参加していただきました。この時期、新年度を迎え、しかも春なのでどうしても精神的に不安定になるのでしょうか? 

 相談内容は、守秘義務があるので詳しくは記載できませんが、やはり職場などの人間関係の悩みがありました。

 それは、わが会と同じで特筆することではないのですが、問題は私自身の態度というか言動。

 いつも、ファシリテート(議長)役で、ヒートアップした参加者をなだめているのですが、今回自分も、その他大勢の参加者になったとたん、自分の意見が否定されると、同じように熱くなって、たぶんものの言い方もけっこうきつくなっていたような気がします。

 いつも偉そうに?人のことを言えるか?とお叱りの声が聞こえそうで反省しきりです。

 ただ、言い訳になるのかもしれませんが、人間どうしても、切羽詰ったり、また、うつ状態になると、ものの見方が悲観的に、かつ一方的、いわゆる白黒思考とか、0か100思考になってしまうので、さまざまな思考や方策があるとの意見を述べたかったのです。

 まあ、それにしても、きちんと筋道をたて順序良くわかるように説明できなかったのは、私の能力の不足が原因ですから、これからの私の課題としていくようにしていきたいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新年会で思ったこと

 毎月の定例会の開催の変わりに、季節柄ということで新年会を開催しました。

 傍目からみたら、普通の職場か何かのサークルかと見えていたのかと思う、たぶん普通の新年会に見えたと思います。

 ただ、やはり自助会なのだから、心の奥の部分を話すところもありました。

 その一つがAC(アダルトチルドレン)です。

 以前私は、その関係のワークショップに参加したことをブログに書きましたが、今回の参加者のなかにも、同じ思いがあることが話されました。

 発達障がい者にはこのアダルトチルドレンの割合が高いのではと思います。ただ、自分では自覚していても、なかなか人前ではそれを言えないでしょう。親に対し遺恨の念を抱くこと自体が倫理に反すると考えるのが、世間の規範だからです。特にアスペルガー傾向を持つ人は、この世間の規範とか規律に厳格な人も多く、それゆえに自分は規範から外れることに悩み、恐れるのではないかと思います。

 少なくとも、自分の会はこの親への遺恨の念は、受け入れようと考えています。遺恨、恨みは持たないに越したことはないけれど、規範や規律、道徳や理屈どうりに行かないのが人間なのだから、その考えも人間なのだと、そう導いています。

 医療関係者ではないので、治療的なことはできないし、AC専門の自助会ではないので、特に対処することはないけれど、同調する仲間がいる、それだけで救われる気になるのではと考えます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今年もよろしくお願いします。

 平成28年、2016年となりました。我が会も4年目に突入です。

 ほぼ同期で、立ち上げた他の自助会も私の知る限りでは2つ、事実上の運営休止になっている状態であることから、細くとも長く続けられるように、背伸びをせずマイペースでやっていきたいと思っています。

 あくまでも私見ですが、最近は発達障がいも世間に少しづつですが認知され、医療や行政でもさまざまな対策(処置)がなされているようで、それはそれでよろこばしい限りです。

 ただ、クリニック単位でのグループワークやデイケアは、そのクリニックに通院しないと参加できないので、どうしても狭き門になってしまいます。

 私もそうでしたが、病院はとても敷居が高い(特に精神科は)ので、まず自助会で情報を得てからと言う人も多いと思います。

 そのために、最初の一歩を導くところであればと考えています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

他の自助会に行って来ました

団体名  こんとん

日 時  平成27年12月6日  14時00分

 

ここの代表、通称フクさんは、前身の会から含めると14年あまりとキャリアとしては、日本でも5本の指に入ると思われるくらい歴史のある自助会です。

私の参加は、1年以上間があいたので、本当に久々です。

内容は、私の会と同じというより私がまねをしたわけです。内容は守秘義務があるので詳細はこちらでは公開はできませんが、私の会と同じ傾向というか、悩みの一部分(というより根幹の部分)が親との関係にある事例がありました。

 私は、親に対してはACの感覚があり、時よりそのことをこちらのブログにも書いています。

 そのこともあって、私の会に集まって来る人も、そのような感がある人が多いのかなと考えていました。

今回は、たまたまこちらの会でもそのような人が集まったからかもしれませんが、もしかしたら発達障害全体の問題ではないのかと感じました。

 その人たちとも話しましたが、親を恨む感覚(段階)まではまだ来ていないと言っていました。

 私もそうですが、大人に成長するまで親の顔色を伺い、「世の中に起こる都合の悪いことは自分の責任である」自責の念ばかりから、ある程度の年数の経過が経って、また他の親も見て、自分の親に対しての遺恨の念が沸々とわき上がってきたわけです。

 私の会の参加者の中には、この遺恨から割り切った、いわばある意味悟りを開いたことを話しておりましたが、私はまだそこまでには至っておりません。

 自分の親も高齢であり、あとどれくらい生きているかわかりません。親が死んでからもこの遺恨の念が残るのか否かが今の自分としては不安です。

 定型の人たちから見れば「すべてを親に責任転嫁するな」とか「いい大人が」と言われるでしょうが、親の呪縛から離れることは至難の業なのです。

自分がこの世に生を受けて最初に出会うのが親であり、幼少の頃は、絶対的な権限のある、いわば神のような存在です。その神から存在そのものを否定されることの刷り込みを受けていたのです

すべての原因は自分にあると考えるべきなのか、煩悩が続きます。

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第1回 北海道当事者研究交流会 「当事者研究DOでしょう」に行ってきました

と き 平成27年11月1日(日)10時~15時

ところ アスティ45

当事者研究とは、現在北海道医療大学の向谷地教授が浦河町に在住していたときに、考え実践したものです。

 具体的な説明はとても難しいのですが、自分の病気を客観的に分析することでしょうか。

 独特な比ゆ表現も使い、たとえば統合失調症の幻聴、幻覚を「お客さん」と呼んだりします。そして、患者本人が自分の症状を独特の世界観で他人に発表し、対策や考え方を見出すことです。ただ、当事者研究は独特なゆるゆる感があり、処方や対策を見出そうとする考えは強くありません。この点では、「あるがまま」を基本とする森田療法にも通ずるものがあると私個人では思います。

 今回、北海道内の様々な地域からこの当事者研究を実践しているグループの発表がありました。

 参加した人も下は高校生から様々であり、テーマも多種多様ものが出てきました。

 当会も当事者である我々が、悩みを打ち明け、その解決方法を探っていたりするのだから、ある意味当事者研究なのかもしれません。

 ただ、ある程度のリラックスの感覚は必要ではあるけれども、向谷地先生がよくおっしゃる「降りていく生き方」や「(病気が)直りませんように願います」とここまで自分を受け入れることはまだできません。まだ悟りが開けないのは修行が足りないかもしれませんが、もう少し、自分の目標、理想のためにもがき這い蹲るのもありかなとも考えます。

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このまえの定例会の追加の思い

 先週日曜日(10月18日)のお母さん2人を交えて定例会を話したことについて。

 お子さんがどういう人間であってほしいかと問いかけたことは既に書きました。

 そのなかで自分が満足がいく、極論すればわが道を行くのがある意味理想かなとの話が出て、このような話になると良く出てくるのが、アップル社の故スティーブンジョブです。

 話すまでもなく、ITの革命児、申し子であるとともにその生き方は破天荒そのものです。

 たとえ、一芸を秀でた天才でもあそこまでとなると、本人は幸せなのかなと周りからは疑問に思うでしょう。

 ここで私個人で思い出したのは、元上司です。

 そいつも典型的な発達障がいの気質を持っていて(ADHD)、時間は守らない、約束や自分が言ったことまで忘れる。書類や備品を紛失する、社会人失格のような男でした。

 普通だったらここで、思い悩み病院やわが会のようなところに相談しそうなものですが、まったくそのような素振りはなし。

 またそいつはバツ一で、もと奥様が、職場に物申し(というよりもクレーム 民事訴訟してやる!と)に来た後でも、涼しい顔をしていました。

 何でそこまで自信があるんだと、養育暦を聴いてみると、親に溺愛されて育ったらしく、いつも自己中心的というか自分の思いとおりになって当たり前という考えがありありと表れていました。私のように、いつも親に否定された結果、人の顔色を伺う人間とは間逆です。

 たぶん、そいつは、これだけ回りに迷惑をかけても、自分はおかしいのではないかと悩み、生きづらさを嘆き、病院へ行って診断を下されることは今後ともないでしょう。自分は正しい、間違っているのは周囲だという確固たる自信があるのですから。

 まわりは大迷惑でありますが、本人的に見ればこちらのほうが幸せではないかなとも思います。たとえ前述のジョブスのように一芸がなくとも。

 さすがに、ここまでは訪ねてきたお母さんには言えなかったのですが、自分の会は、我々が害者が少しでも一般社会に何とか迎合しようとするのが目的のひとつですが、それは間違いなのか?と少し不安にもなった定例会でもありました。

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

講演会に行ってきました

 と き 平成27年9月5日(土) 13時30分から

 テーマ  平成27年度発達障害児(者)支援を考える道民フォーラム

 道東地域の事例報告ということで、自治体からは滝上町、教育界からは滝上高等学校からの事例報告がありました。

 札幌圏から離れたオホーツク地域、しかも人口3千人足らずの町で、このような発達障害の支援体制を実施していたことは驚きです。

 以前、札幌市外の方が、定例会に相談してきたことがありますが、北海道では大きな市の保健所でも、この発達障害に対しての支援はあまり本格的には実施していないとのことでした。

 また、滝上高等学校も文科省の「発達障害支援モデル事業」として、様々な支援施策、事業を実施したそうです。残念なのは、この学校は3年後に閉校となるとのこと。北海道では地方の公立高校は統廃合を実施しています。財政上のことから仕方がないかもしれませんが、このような特徴的な教育をしている学校ならば、残しておいてほしいものです。教育は国家的100年の計なのですから、先行投資は緊縮してはいけません。

 あと、京都市児童福祉センター副院長の講演がありましたが、その

話のなかで印象に残ったのは、来年4月から施行の障碍者差別解消法で謳われている「合理的配慮」。これは、障害者が困っているときに、その人に合った必要なことを相手にしてもらうことです。

 どこまで、この配慮が一般(定型)に浸透するかが課題です。まず発達障害がどのようなものかを知ってもらうことがやはり重要だと思います。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

講演会に行ってきました

 と き 平成27年4月25日(土) 9時30分から

 主 催 北海道学習障害児・者親の会 クローバー

 テーマ 行動の「なぜ」を考えてみよう ~応用行動分析から学ぶ~

 講演の先生は、養護教諭の経験もある現在北翔大学の准教授です。

 学校の現場では、授業中に座っていられない問題行動の生徒がいて、その原因のひとつがADHDではないかというのは周知のとおりです。

 この問題行動を起こす生徒にたいして「席に座りなさい」と諭すのが今までの教育でした。

 確かに一時的にはそれでその問題行動が修まるかもしれませんが、根本的な解決にはなっていません。外界の刺激(騒音など)や授業が理解できていないからとか様々な原因があるからそれを解決すべきであると。

 また、座ってられない生徒にたいしても、席に座ってる時間があることを褒めて、明日はもっと長く座れるように指導するようにとのこと。

 我々障碍者は、多種多様の問題行動をします。それに対し、支援者は「障碍者だから仕方がない」という方もいますが、それに便乗して「何をやっても許されるんだ」と考える者が多くなっていきているではと私個人、感じます。

 問題行動は、定型でも非定型でもしてはいけないのは同じです。

 ただ、定型とちがいただ注意するだけでは、また同じことを繰り返すのが、我々であります。

 問題行動を修正するには、どうすれば良いかを学習しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今年もよろしくお願いします

 3年目に突入しました。こんなに小さい自助会でも昨年は、突然のスタッフの脱会など、いろいろ出来事があるものです。

 遅ればせながら、会として、今年の抱負としては、SSTなどもやっていけたらと考えております。

 また、最近考え方というか方向性というか、変わってきたのは、必ずしも人を多く集めなくてもいいのでは、ということ。

 他の自助会で見た光景は、人数が多いので、初めて参加した人は気後れしてしまい、そのうえ、声の大きな独善的な人たち(我々にはこのタイプが多いのも事実)だけが発言しており初めての人は何も言えないで終わった例がありました。

 少人数だと初めての方でも緊張しないでしょう。また、自分がしゃべりたくて仕方がない人でも、他人の話を聴くように指導しています。

 このとにかくしゃべりたい人に対して会としてどのように対処するかは、色々意見があるでしょうが、私としては、話を聴くのは人として基本的なモラルと考えています。

 


 

 

 

 

 

べてる祭りに行ってきました

 先週30日土曜日に浦河町の「べてるの家」で年1回開催される祭りに参加してきました。

 昨年と違い、当事者研究の全国大会が、今回は開催されていないので、若干規模は小さくなっていますが、それでも全国からたくさんの人が集まってきたようです。

 プログラムは、昨年と同様、幻想大会などがあり、それはそれで楽しかったのですが、一番印象に残ったのは、打ち上げパーティでのできごと。

 この当事者研究は、発達障害の当事者の参加も多いので、多方面の当事者会との知り合いとも会うことができましたが、昨年のパーティでお話した学生さんに偶然再会したこと。

 彼女は、ACで悩んでいて、それゆえに心理医療系の大学で学んでいることは昨年聞いたのですが、今年になってカウンセリングを受けてそれが改善したとのこと。音に過敏反応するPTSDもあったのらしいのですが、それも認知行動療法で克服したそうです。

 前述したACの権威である斎藤学のワークショップ、このあまりにも粗悪なものを受講し、落胆していたのですが、このような優秀なカウンセラーもいることも知りました。

 彼女もスクールカウンセラーになりたいと語っていました。斎藤学のようなカルト団体の教祖のような奴とは間逆の優秀な専門家となるでしょう。

 私ごときが僭越ですが、斎藤学のような最低野郎が日本の医療、心理界にいる反面、このカウンセラーや彼女のような人材もたくさんいることも忘れずにいたいと思っています。

 

 

 

斎藤 学ワークショップに行ったけれど

先週8月2.3日の土日で斎藤 学医師のワークショップに出席しました。

氏は、日本でアダルトチルドレン(以下AC)を導入した先駆け的人物です。じぶんもAC的思考があり、発達障害より愛着障害ではないかとも考えることもあります。

 自分の特性を考え直すきっかけがあればと期待もしたのですが結果は・・・

 まず初日は1時間、そして次の日も30分以上の遅刻。これに対し悪びれもせず「野暮用があったから」

 話す内容も、診断や医学的なことではなく、単に自分の思想や単なるぼやきレベルをぶつぶしゃべっているばかり。

 こんな内容だから、参加者(たぶん他の病院に懸かられていると思われる)に質問を詰め寄られその返事が「もうあなたと話す意味はない」。当然この参加者は怒って途中で帰っていきました。

 私も一応質問はしました。「現在両親は健在だが、両親の死後に親に対する怨念は親の死後は昇華され消えるのか、増幅するのか?」

 その答えは「あなたは独身だから結婚しなさい。そうすれば親に対する考えがなくなる」

 「????」

 既婚者でもACの人間はたくさんいます。子供を授かって、虐待の連鎖をしてしまう事例もあります。これらをどう考えているのか?

 こんな人間がAC研究の権威者?ACで悩み苦しんでいる人間は、どこにすがればいいのでしょうか。

 こんないいかげんなワークショップに3万円以上払ってしまった。

 まったく詐欺そのものだ。

 

 

 

 

JDDネットワーク第10回年次大会に出席しました

と き 平成26年7月5~6日

ところ かでる2.7

 JDDネットワークは、様々な関係者、医療界、教育界の専門家から当事者会まで、様々な形態の団体、組織を取り込んだ協議会組織と言えばいいのでしょうか。

 様々な分野の専門家の話が聴けました。そのなかで自分が印象に残ったのは、ロビー活動の話や国会議員自身の話。

 発達障害者支援法を議員立法で成立させたときのことなど、政治に関連した話は今まで聞いたことがなかったので新鮮でした。

 我々マイノリティが、住みやすい世の中にするには、最後には政治の力は必要でしょう。綺麗ごとばかりでは世の中は成り立ちません。

 余談ですが、この発達障害者支援法が施行されてから9年も経過しているとはしらなかった。まだまだ勉強不足です。

 

おがるの講演会に行ってきました

と き 6月7日(土)13時30分

ところ サンプラザ札幌

「各地域の発達障害支援センターの取り組みから学ぶ」

 日本全国の発達障害支援センターの各発表がありました。全国のさまざまな事例がありました。

 おがるが主催のこともあり、医療、教育、福祉、それぞれの分野の発表があり発達障害もやっと行政(国、自治体)が本腰をいれてきたようです。

 10年前は、大人のADHDはあり得ないとする医者も多くいたことから、この時代から考えれば専門家の理解は、進んだようです。

 これからは一般(定型)の方の理解をも深めるのも我々障碍者の課題ではないでしょうか。

 

と き 6月7日(土)13時30分

ところ サンプラザ札幌

「各地域の発達障害支援センターの取り組みから学ぶ」

 日本全国の発達障害支援センターの各発表がありました。全国のさまざまな事例がありました。

 おがるが主催のこともあり、医療、教育、福祉、それぞれの分野の発表があり発達障害もやっと行政(国、自治体)が本腰をいれてきたようです。

 10年前は、大人のADHDはあり得ないとする医者も多くいたことから、この時代から考えれば専門家の理解は、進んだようです。

 これからは一般(定型)の方の理解をも深めるのも我々障碍者の課題ではないでしょうか。

 

リワークプラザ(講演会)に行ってきました。

 リワークとは、精神病〔おもにうつ病)になり休職した人が、復職するときにまた病気にならないように、様々なトレーニングをすることです。

 このリワークプラザのなかにうつ病に関する講演会がありました。

 うつ病になりやすい性格や、認知行動療法などが説明されましたが、私が興味もったのは、躁うつ病(双極性障害)について。

 診断が難しいそうで、それならば発達障害と誤診されのが多いのも理解できます。

 ここは、医者のレベルアップを期待するしかないのでしょう。

 

 

 

 

 

他の自助会に行ってきました

と き 平成26年3月15日 9時30分から

ところ プロミスお客様プラザ

 たびたび参加させてもらっているおがる「成人座談会」に今回も参加させていただきました。

 今回のテーマは「発達障害の美学」。

 発達障害である自分の得意なところやまた社会において苦労していることをみんなで話し合いました。

 いつものように楽しく、ときには笑いもあり、これは良かったのですが、残念なのは、ファシリテートをいつも実施している加藤所長が人事異動で来年度4月から他の部署に異動となり、この成人座談会も来年度は実施するか不明とのこと。

 札幌市内に限って言えば、自助会の絶対数は、潜在的な発達障害者に対応するには不足しているように思えます。

 私が何か言える立場ではありませんが、新しい「おがる」の体制になってもこの成人座談会は継続するよう強く望みます。

元気の出るワークショップに行ってきました

平成26年2月16日(日)10時30分から

エルプラザ

 「元気が出る」と言っても何をやっているかというと、いろいろなブースでそれぞれのワークショップを開催していてそれに参加しました。具体的には①WRAP②SST③フアシリテーション④PSI

 各ブース、だいたい1時間くらいの入門講座でそれぞれ楽しく勉強させていただきました。

 このうちどれか一つは、これから継続して習っていこうかと考えています。

講演会に行ってきました

と き 平成26年2月1日(日)14時から

ところ 北海道大学

子ども発達臨床研究センター主催セミナーの「青年期・成人期を見据えた発達障害支援」の講演会に行ってきました。

 教育学研究院の付属ということもあり、教育分野からの視点での講義かなと思っていましたが、講演する先生は医学、福祉、教育のそれぞれの分野から出しておりバランスのとれたものにしようとしているのが伺えます。

 この発達障害なるものは他の精神障害と違い、この三分野が独自の視点で分析しているので、微妙な違いがあり、そこがまたこの障害の問題でもあるそうです。

 さて、内容ですが、私が印象に残ったのは、愛着障害について。

 発達障害と誤診されやすいとのことですが、違いはなにか。ACの発達障害が愛着障害なのか、質問できずに終わってしまいました。

デイケアに行ってきました

11日(土)とある病院のデイケアに行ってきました。

今回はSSTがプログラムとして学習してきました。

 参加者の要望(悩み)を聴き、体験をもとにそのときの状況を演じる(いわゆるロールプレイ)

 専門スタッフが4人おり、絶えず気を利かせているのがわかります。健康保険7割負担でも、4千円近く経費がかかっていることもあるのでしょうが。

 このSSTを多く経験していくことで、実社会をわたって行くスキルを身に着けるのでしょう。

 まだまだこれからお金も時間も費やさなければなりません。

 

今年もよろしくお願いします

 昨年5月に発足。何とか年をあけることができました。

今年は、相談業務のほかいろいろ事業をやっていきたいとは思いますが、身の丈をわきまえて無理をしないように細く長く続けることも大事だとも考えます。

 ここを見ている当事者達は、興味があるけれど一歩が踏み込めないというのが多いのではないのでしょうか。

 カルト団体のように怪しいところではありません。どうしても不安なら匿名の飛び込み参加でもかまいませんので、ぜひいらしてください。

 大きな事はできませんが、人生が良くなるちょっとしたきっかけとなればと思っています。

 

 

デイケアに行ってきました

21日(土)9時30分からとある病院のデイケアに生まれて初めて参加しました。

去年、開院した新しい病院で、当事者研究他いろいろなプログラムが組まれています。

私が参加したプログラムは「ピアを語る」。

ピアとは仲間と言う意味ですが、自助会と同じく、同じ境遇や目的を持つ人間が他にもいることを知るのが大事ということでした。

 また、プログラム終了直前に専門スタッフから参加者に対しての接し方に対してもご意見ご感想を頂きました。

 専門知識があり、仕事で対処しているスタッフでさえもいろいろ問題にぶつかることがあるころを聴いたのが一番の収穫でした。

講演会に行ってきました

と き 平成25年12月14日 13時から

ところ 札幌ファクトリーホール

NHKハートフォーラム「発達障害と就労」とのことで、本職のNHKアナウンサーを司会者(ファシリテータ)として障碍者雇用を実施している会社の紹介や当事者が参加するシンポジウムを開催したりしました。

 内容としては、我々のような当事者、しかもある程度の知識をもっている者にととってはもの足りないと感じたのですが、一般の方も理解できる内容にしなければならないので仕方ないのかもしれません。

 ただ、北海道の発達障害の専門医師として屈指の中野育子先生をせっかく招待しておきながら、単なるアドバイザーの役割にとどまっているのは残念だなと感じたのが正直な感想です。

 

サイコドラマ療法の研修に行ってきました

と き 平成25年11月17日(日)13時30分から

ところ 札幌資料館

 サイコドラマとは、聴き慣れない言葉ですが、ロールプレイを実施すると言えばわかりやすいでしょうか。

 このロールプレイは、精神療法だけでなく、SSTやBST、また教育関連にも広く応用されています。

 立場を変えて他人を演じてみたり、また自分のことを他人が演じることで客観的に自分を観たりします。

 我々発達障害者は、他人の気持ちを察することができないといわれるので、シュミレーションとしてこのようなことをするのは、とても効果的だと思いました。

 ただそれを実施するにしても、やはりこの劇(ロールプレイ)を講演(実施)するには優れた監督(ファシリテータ)が必要となります。

 結局は、自分はそこまでの能力がないので、まだ会として実施するのはまだまだだということです。

 んんんん・・・

 

 

 

 

集団認知行動療法研修会に行ってきました

9日(土)集団認知行動療法に行ってきました。

参加者はたぶんほとんどが医療及び心理の専門家で総勢100人くらいいました。

午前中は基本的な講義で、午後から実習(ワークショップ)でした。

 基本講座は、専門家が対象で、用語が難しかったのですがなんとか着いていくことができました。

 ワークショップは、集団認知行動療法をどのように実践していくかいわゆるデモをやりました。

 実際にやってみて感じたことは、ファシリテーターの能力と同時に参加者の資質も問われること。

 話をまとめる事が重要なので、参加者も話がきちんと聴ける、つまりコミニケーション能力が持ちあわせていることが必要条件です。

 と言うことは、我々のようなコミュニケーションの欠陥を持ちあわせている人間はこれが実践できないとういことになるのか、とのことが勉強になりました。

 これから会をどのように運営をしていくか、改めて考えさせられた研修会でした。

他の自助会に行ってきました

と き 10月27日(日)17時から

ところ 社会福祉総合センター

 昔からお世話になっている「こんとん」の主催者であるふくさんが久しぶりに札幌に帰って来たので、参加しました。

 今回は、日時の告示に不手際があったせいか、参加者は自分を含め5名と少人数でした。そのせいか雑談がおもなものでした。

 そのなかで、特に話が盛り上がったのは、ADHDでもタイプがぜんぜん違う人たちが存在するとのこと。同じ発達障害でもASとADHDは間逆な性質ですが、ADHDのなかでも、タイプがまったく異なるものがあるのでしょうか。

 それは、コーヒーが同じ豆でもブレンド方法により味が変わるのと同じなのか?

 

他の自助会に行てきました

 10月19日(土)17時から アンナプルナで開催されている当事者研究会に参加してきました。

 アンナプルナは、さまざまな支援事業を実施しています。その一環としての会であり、お試し(見学)参加です。

 当事者研究は、参加者一人の提案(悩み等)について、みんなで話し合う方式で、私の会を含め、多くの自助会でとられている方式です。

 ファシリテーターは、おもにスタッフがします。ここで働いている専門スタッフだから、上手です。

 なんでもそうですが、特にこの当事者研究はファシリテートの影響が大きいです。  我が会でもやってみようかなと思うのですが、自分の能力ではまだまだかなとも考えてます。

 

学会(講演)に行ってきました

 10月12日・13日かでる2・7で日本病院・地域精神医学会に出席してきました。

 さまざまな精神分野の講習でした。勉強になったのは、田中康雄先生の講義。

DSM-ⅣからⅤへの移行についてですが、今年アメリカでⅤが発行され、来年までに和訳されるとのこと。診断基準は変わりますが、現在より厳しくなることはないとのこと。基準が変わることにより、昨日まで身障者だったひとが今日から定型人になることはないようです。

 ちなみに、日本ではDSMではなくICDが診断基準のベースです。ICD-10から-11への移行は、2016年であり、そこから和訳されるから基準が変わるのは、早くとも2017年でしょう。

 少し安心しました。

2013年

10月

07日

他の自助会に行ってきました

 10月5日(土)9時30分から

 プロミスお客様ぷらざ

 おがる成人座談会に出席してきました。今回のテーマは「私の部屋のプチ自慢」。

 参加者の一人がTV番組であった「魔法の片付け」(だったかな?)を観て掃除、整理、整頓を実施したとのこと。

 出席者のほとんどがものを捨てるのに苦労してるみたいでした。断捨離という言葉も、本来は仏教用語で煩悩を断ち切る意味だそうです。 

 結局は精神が弛んでいる。修行がたりないに行き着くのかな?

 

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2013年

10月

07日

インタビュー(アンケート)を受けました

 先週土日、北大院生および札幌医大生のインタビューを受けました。

 研究のデータを取りたいとのこと。幼少期から学生時代、現在までの悩みや苦労を聞かれました。

 両大学のアンケート内容が似ているところが多かったので、絶対的な研究サンプルが不足しているのでしょうか。

 この発達障害の概念が、出てきたのが20年くらい前からですので、今後一層の研究を望みます。

 

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2013年

8月

24日

他の自助会に行ってきました

 わたしが以前からお世話になっている自助会「こんとん」。それからいわば暖簾わけしたADHD分会に行ってきました。

 この会もわが会とほとんど同じ時期に設立された新しい団体です。

 今回は、HPで開催日を告知していなかったせいか、代表のカズさんを含め、参加者は3人でした。

 話の内容は、ADHDゆえにいろいろ話がありましたが、自分として一番考えさせられたのが、参加者のなかにいる「困った人」への対処。

 一般の職場や組織・団体(趣味のサークルなど)はそのような困った人、厄介者は自然淘汰されたり、レッドカードを突きつけ退場処分なのですが、なにぶん自分を含めこの困った人、厄介者の集まりが我々当事者会の集まりなので、その人を排除したとしてもまた同じような人間が来る可能性が大なので、そのような行為は単なるトカゲの尻尾きりにしかなりません。

 本来、この人たちに救いの手を差し伸べる役割のひとつが自助会なのですが、悲しいかな我々の手は、すべてを救い上げるほど大きくありません。

 もはや、医療や行政の役割ではないかとは思うのですが、それなら「なぜお前は自助会を運営してるのか」と問われるとまた明確な返答ができません。

 まだまだ問題は山済みだ・・・

 

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2013年

8月

19日

他の自助会に行ってきました

8月19日(土) 9時30分から

プロミスお客様サービスセンター2F

おがる「成人座談会」に参加しました。この会はテーマをあらかじめ決めておき話をするかたちで、今回のテーマは「友達や恋人のプチ自慢」

 自分の友人や恋人に関しての話題のなかで、友人に対しては自分の障害のことをカミングアウトするか否かが話しになり、これを参加者にも聞いたところ15人中7人がカミングアウトしていないとのこと。

 私はカミングアウトしていない方なのですが、いろいろな意見がありました。

 ちなみに恋人に対しては、全員カミングアウトしたとのことです。

 目に見えない障害ゆえ、われわれの永遠のテーマではないでしょうか

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2013年

8月

11日

べてる祭りに行ってきました

 昨日、浦河町で開催されたべてる祭りに行ってきました。

 祭り自体は金曜日から2日間の開催ですが、仕事があるので土曜日だけの参加となりました。

 妄想大会や、講演会などいろいろなことがもりだくさん

 講演会で実践していたSSTなどは自助会などでも使えそうです。

 夜の打ち上げでは多方面の方(当事者や支援者だけでなく医療関係者や学生など)とお話することができました。

 べてるの家30年の歴史ではいろいろ波乱万丈があったそうです。

 自分も当事者会を主催するにあたり、目的や運営手法など、これからどのような方向性にするか考えさせられました。

 

 

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研修会に行ってきました

 と き 平成25年9月16日 午後1時から

 ところ 札幌市社会福祉総合センター

以前、お邪魔した発達障害当事者ミーティングこんとんADHD分会に行ってきました。今回はADHD分会と言ってもお茶会とのことで、ASなどほかの発達障害も可とのことですが、やはり看板のとおり集まった人はADHD気質のひとばかりでした。

 それゆえ、ミーティングは「われこそは発言するぞ」の人たちばかり、圧倒されました。

 私の会も、立ち上げる前は、このようなヒートアップする場面を想定し、いかになだめ鎮めるかが問題だと思っていましたが、第1回、第2回目はあまり発言するひとがいなく、逆にいかにこちらが発言を促すかが課題だなと感じました。

 しかし、回を重ねるごとにADHD気質の人が増え、今は鎮めることが多いように思います。

 こちらの会は、ADHDが対象なので、私は逆にASのみを対象にしようかなとも考えたりします。しかし診断がASでもADHDにしか見えない人もいるのも事実。

 ADHD気質の人はご遠慮ください、と言えばいいのですが、自分自身の自覚がない人もいるし、第一、私自身が参加できなくなってしまう。

 対極的な性質を同時に有する症状を持つこの発達障害は、本人も医者もよくわからないのでは?それならなおさら定型の他人は絶対にわからない世界だ・・・

 

 

勉強会に行ってきました

 と き 9月14日(土) 18時00分から

 ところ 札幌リンケージ

  ハチスタオ 長沼先生勉強会に出席しました。

 今回の受講者参加者は20人くらい、一時期よりも少なくなったとはいえまだまだ大盛況です。

 受講者の質問に対し、先生が答えを出すのですが、一番今回印象に残ったのが、発達障害と性同一性障害の関係。実は先週の日曜日、札幌学院大学の全障研でもとりあげられていました。先生はこの二つの併合は多いとのこと。

 自分は、一見関係ないと考えていたのですが、まだまだ勉強不足でした。

 発達障害は、統合失調症や双極性そううつと誤診されやすい。また二次時障害としてうつや不安障害を引き起こす。

 歴史が浅いうえ、ここまで間口が広い発達障害は、診断そのものが難しいのではと素人考えが浮かびます。

 また、新しい診断基準、”DSM-Ⅴ”の話もされました。名称は変わるというよりも統合されるらしいのですが、基準そのものはどうなるのか、患者(当事者)は、なんか混乱しそうです。

 

  

 

 

 

他の自助会に行ってきました

9月7日(土) 10時から

札幌サンプラザ

おがる成人座談会による「発達障害勉強会」に出席しました。

いつも私が参加している座談会を一般公開したかたちです。常連から5人が選ばれ話し合いをしました。

 まったくの私の予想なのですが、会場は、半分くらいが支援者(親や医療・教育・福祉関係者)だと思いました。支援者には私たちがなにを思っているか、また悩んでいるかをいま一度認識してもらえたのでは、と感じました。

 あと、自分が当事者会の代表としていつも感心するのは、ファシリテートをする加藤所長の巧みさ。

 見習いたいものです。